【アトックス解説】東日本大震災のメカニズムと福島原発のメルトダウン

アトックスに聞く!大地震や大津波になったメカニズム

東日本大震災は、2011年3月11日14時46分18秒に宮城県牡鹿半島の東南東沖130kmの深さ24kmを震源とするモーメントマグニチュード9.0の日本の観測史上最大の地震であり、大地震に起因する大津波により福島第一原子力発電所でメルトダウンが発生しました。

震源域は、宮城県牡鹿半島の東南東沖130kmの深さ24kmを中心に岩手県沖から茨城県沖までの南北約500 km、東西約200 kmの約10万平方kmとされ、震源域内の少なくとも3箇所の震源が3連動したとされる大地震です。

参考→アトックスの年収

宮城県沖では、大陸側のユーラシアプレートの下に太平洋プレートが沈み込む日本海溝の海溝軸を境界に断層が約65m滑っていたとされ、大陸側のユーラシアプレートを引きずり込む太平洋プレートの上を約65m滑り地震とともに滑り跳ね上がる力で大津波を発生させました。

震源地周辺では、水平方向に約50m移動するとともに鉛直方向に約10mの隆起が発生したとされ、海底地形が大きく変化したとされています。

海底の断層滑りは、滑り量が少ない場合には断層境界のスメクタイトに含まれる水分が摩擦熱で膨張する現象が発生し、滑り量の増加と正比例する様に水分膨張が進み地層境界面が瞬間的に浮き上がり一気に断層滑りが発生します。

スメクタイトは、結晶構造から水分を吸収すると膨張する性質がある膨潤性の粘土鉱物であり、代表的なものには石鹸赤と思われるサモナイトやモンモリロナイトがある粘土鉱物です。

宮城県沖は、スメクタイトなどの膨潤性の粘土鉱物を約40%〜50%程度含有していることが確認されていますが、震源地周辺では膨潤性粘土鉱物を約70%を占めていたことから断層滑りが非常に発生しやすく明治29年の明治三陸地震を発生させた断層も今回再び滑ったと考えられています。

 

大津波がもたらす被害

東日本大震災の津波は、発生から約26分で岩手県大船渡に到達し59分で福島県相馬市に到達としたとされ、3m程度の津波が巨大津波となって到達するまでの時間は最初の津波到達から2分〜3分と非常に短時間で到達したことから多くの犠牲者が出てしまいました。

明治29年の明治三陸地震では、高さ40m前後の津波が発生し約2万人以上の人々が犠牲になったとされていますが、2011年3月11日の津波は福島県富岡町で21.1mとされる一方で福島原発第一が13.1mおよび第2が9.1mと観測史上最大のマグニチュードモーメント9.0にしては津波が小さかったのが特徴です。

福島原発第一は、アメリカのゼネラル・エレクトリック社の沸騰水型原子炉Mark1を入れていますが、このMark1はアメリカ本国で「悪名高いモデル」や「脆弱なモデル」とされる欠陥品です。

日本国内では、原子炉が建設されてから40年経過したら解体する「40年ルール」がありましたが、福島原発第一並びに第2は40年ルールを延長し運転していたことから福島原発のメルトダウンは天災ではなく人災とも言われています。

40年ルールは、原子炉の寿命や対応年数を明確にしたものではなく、原子炉を作る際の周辺住民の反対を緩和するために政府が勝手に作り出した指標です。

原子力発電の先進国と呼ばれるアメリカでには、40年以上継続的に発電している原子力発電所が数多くあることから40年ルールは廃止するべきと主張する政治家や研究者も数多くおり、福島原発の40年ルールの延長に関しては元内閣を率いる安倍晋三が大きく関与していたことが知られています。

 

津波と原子炉の関連性

福島原発のメルトダウンは、自民党から政権を奪取した民主党が対応することになり政権崩壊を引き起こすきっかけとなり、民主党のメルトダウンへの対応の悪さが長い間問題視されました。

しかし、福島原発のメルトダウンの原因の1つは40年ルールを延長したことにあり、元政権を率いている安倍晋三が担うべきであったとも言われています。

福島原発の原子炉は、非常電源が地上近くにあることから東日本大震災の際には大津波によって漏電し電力を失ったとされ、原子炉の温度が異常に上昇しメルトダウンに至ったとされています。

アメリカの原子力発電所は、日本を代表する利根川や木曽川などに比べて2倍も3倍も長く広い河川に建設しているので地震による大津波の心配をする必要がなく、非常電源を地上近くに設計しても問題がないのが常識です。

しかし、大河がなく原子炉を冷やすための大量の水を必要とする日本では海岸線に建設するしかなく、基本的に大津波を想定していないアメリカのジェネラルエレクトリック社の沸騰水型原子炉の建設は最初から間違っていたと考えられています。

現在では、柏崎刈羽原子力発電所の非常電源が原子炉の建屋の上に設置されており、大津波は来た際にも非常電源を失うことなく安全に発電することができる設計になっています。

東日本大震災は、東北地方に甚大な被害を及ぼすとともに日本初となるメルトダウンを発生させ、日本のエネルギー政策の根幹を揺るがし再考する機会を与えた自身ともいえます。